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日本国憲法

















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もう覚悟を決めるしかない。
人生は苦しみと絶望の連続だ。地獄は今ここにある。その覚悟が決まったとき、真の希望と生きる勇気が訪れてくる。ブッダも親鸞も究極のマイナス思考から出発した。五木寛之がはじめて赤裸々に吐露する衝撃の人間論。
いま「歎異抄」の心を現代に問う平成人必読の書
著 者: 五木寛之
定 価: 本体¥1,429円+税
発行日: 平成十年四月十五日第一刷発行
発行所: 株式会社幻冬舎
〒151-0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷4-9-7
電話:03-5411-6211(編集部)03-5411-6222(営業)
振替:00120-8-767643
拾い読み
あとがき
これまで私は自分の感じていることを、あまりストレートに言うことをしないできた。
文章の語尾がいつも中途半端な疑問形で終わることが多かったのも、そのせいだろう。自分でもできるだけひかえめに、独り言のような口調で語ることを心がけてきた気配もある。
たぶん、それは人間ひとりひとりがちがうように、ものの考えかたや感じかたも異なっているのが当たり前だと考えているせいかもしれない。
しかし、それだけではない。正直に言えば、自分をうしろめたく思う気持ちが、ずっと 心の底にわだかまっていたのが最大の理由である。
他人を押しのけ、こざかしく立ち回って生きてきた自分のような人間が、いまさら人になにを偉そうに物をいう資格があるだろうか、と、つい考えてしまうのだ。この本のなかでも触れたように、外地での敗戦と引き揚げという大きな体験のなかで、私はいちじるしく自分の人間性を歪めてきたと思わないではいられない。多くの心やさしい人たちの犠牲のうえに、強引に生きのびて母国へ帰ってきたいかさま野郎がこの自分なのである。いま、そのことをまるで忘れてしまったかのように大きな顔をして生きていることを、ふとした瞬間につくづくおぞましく感じることがある。「私は悪人である」などと胸をはって堂々と宣言したりすることなど、私には恥ずかしくてできない。大悪人ならむしろ救いもある
だろう。しかしケチな小悪党ではどうしようもないのである。
そんなふうに自分のことを考えながら、それでも心のどこかに、一生に一度ぐらいは自分の本音を遠慮せずに口にしてみたい、という身勝手な願望もないわけではなかった。
そんな気持ちになるというのは、たぶん年をとってわがままになってきたせいだろうか。 しかしそれだけではなく、最近の世の中の激しい変化と、信じられないような出来事のシ
ョックが私の気取りを揺さぶって、思わずなにかを言わずにいられない気分にさせたという面もありそうだ。「自分のことを棚にあげ」なければ、人はなにかを発言することはできないのかもしれない。厚顔無恥は生まれながらの性である、と覚悟するほうが正直なのではないだろうか。
そんなぶうに思いかけている時期に、たまたま幻冬舎の見城徹氏と会う機会があった。 食後の雑談のおりに、ふだんはあまり言わないような説教じみた話を、私がつい口にしてしまったとき、彼が、おや、という顔をした。こういうひどい世の中に人はどう生きればいいか、という話を、古代中国の屈原の故事をもちだして私なりの考えをしゃべったのだ。著者と担当編集者として四半世紀以上もつきあってきた心やすさが、私についそんな年長者めいた話をさせてしまったのだろうと思う。
そのとき突然、見城氏が体をのりだして言った。
「その話を書いてください。絶対にいま書くべきだと思います」
私は彼の見幕に気圧されれたような気もしたが、また一方でそれが自分にどこか遠いところから響いてきた声なき声のようにも感じられた。そして、そうだ、いま書くべきことかもしれない、と思った。この一冊の本が世に出るきっかけは、そういうことである。
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