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経理実践トレーニング 資金戦略編 vol.3 同族経営の理想と現実 1 中小企業の理想像を掲げよう 家業からの脱却を提言し、同族経営の弊害を取り除くことと、「資本」と「経営」の分離の必要性を強調し、多くの経営者にその考え方を披露したところ、その反応の中で一番多かったのが、 「理想はわかった。しかし、今すぐにそれを実現することは出来ない。今できることを教えてくれ。」 といったものだった。 前回の記事をお読みになって誤解の無いように再確認をさせていただくが、「同族経営」そのものが悪いのではなく、同族経営が陥りやすい「企業の社会性」に反した「独善経営」が多くの悲劇を招いていることを強調しておきたい。 現に出光興産株式会社のように未上場・同族経営でも立派な経営をしている企業は多くある。 理想に近い同族経営をしなければ、新しい時代の金融システムを充分に活用した経営をすることは不可能に近いからこう申し上げている。 家業やSOHOの基本姿勢 中小企業の創業経営者の多くは会社員の時代を経て起業しているが、会社員の時代に「自分の働きの割にもらう給料が少ない」と感じ、独立して自分が会社を持ったら「働いただけ身になる」と思っていたと聞く。 確かに、独立後は努力すればしただけの充実感や達成感は得られるし、利益が出ていれば給料は自由に決められるし、良いことが多い。 しかし、いざ蓋を開けてみたら「固定費」という恐ろしいものが待っていた。挙げ句の果てに、「利益が出ているのにお金がない」という新しい事実を突きつけられて愕然としているというのが実情である。 図−1家業とSOHO
SOHOや個人事業であっても必要な経営に関する基礎知識、むしろ、生き方の基本といった方がよいのかもしれないが、 @借りたお金は必ず返す A企業のお金として使えるのは「利益」の範囲 B仕事上のお金と私的なお金はキチンと分ける といった基礎的な金銭感覚を身につけずに仕事をしていると、必ず経済的に破綻を来す。
図−2 使えるお金脱サラをして起業した社長の一番陥りやすい誤りが、取引高が大きくなるとあたかも自分の使える(費消できる=会社員時代の給料)金額が大きくなったように錯覚することだ。売上金額は単に流れる水の量にすぎず、個人的に使えるお金も企業が使えるお金もごく限られた額であることを忘れてはいけない。 このことから家業やSOHOの場合、事業資金に対する基本的な考え方は、 @原則的には借入をしないで運営する。 A借入をする場合には、月商の3倍程度までとする。 B無担保、無保証人で借りられる範囲とする。 などが必要とされる。 しかし予想以上に事業が発展してしまい、さらに事業資金が必要となった場合には @万一の時は自己の保有する財産を処分して返せる範囲で借入をする。 A第三者を保証人に立てなければ借入ができないのであれば、その時点ではそこが事業規模の限界だと考えよう。 ここで無理をして、第三者に保証人になって貰い、その義理で相手方の保証人にもなる(相保証という)様な事態を招いては取り返しの付かない泥沼に入ってしまう。 それでも事業を進めたいのなら、「私の会社」という所有意識の転換を図り、広くその事業に投資してくれる人を募ることが新しい時代の生き方である。 B運良く事業が発展し、一家が充分食えるようになりその事業が地域や社会に根付いて、家業として継続する方針が決まったら、早い時期から子弟の教育を始める。 三番目にあげた一見資金戦略とは関係のなさそうな「後継者教育」が家業を維持発展させるためには最も大切なこととなる。今、多くの金融機関が後継者のいない企業へは貸し出しをしないのをご存じだろうか。 私見では家業として代々引き継ぐのに不向きな業種としては、一身専属権としての資格を有する医師・弁護士・税理士・公認会計士などの専門職の職業があげられる。無理に家業として継続しようとすれば様々な弊害が発生する。 税理士法の改正で税理士法人ができるようになったのも専門職個人事業の世襲の限界を象徴しているといえる。 また、政治家を企業経営と同列に論じるのもおかしな話だが、近頃の政治家の世襲をみていると、この仕事も本来は家業とするのには向かない「業種」ではないだろうか、と言いたくなるのは筆者だけだろうか。 後継者教育の前に、社長が学ぼう! 勉強しようなどと中学生に言うようなことを改めて申し上げるには多くの事例があるからなのだが、私共が普段関与している多くの中小企業経営者は、何の予備訓練もなくいきなり「社長」になってしまった人があまりにも多い。そして、前回の区分でいう「生業」レベルで会社運営をしている人でも最低限身につけなければならない事柄があるが、それすら自ら進んで「身につける」べく学ぶ姿勢が見られない。 更に進んで家族だけの経営から他人を雇用して組織的に運営するのに最低限必要な知識すら、自ら学んで身につけようとしない「社長」が殆どだ。 近年はやりのMBA(経営学修士)取得とまではいかなくとも、各地の商工会や中小企業団体が開設している経営講座や、または中小企業総合事業団が運営する「中小企業大学校」の存在さえ知らない経営者があまりにも多い。 中には勘違いをして、組織をうまく運営するためにと社員教育と称して幹部社員や新入社員を教育してくれる機関に行かせる経営者がいるが、それより前に社長自身が「自己研鑽」をする場を求めて勉強することの方がずっと大切である。 自己研鑽をするには、良き師匠を持つことである。 曹洞宗の開祖、道元禅師が 「一度二度こそつれなくとも、度度聞きぬれば霧露の中に行くが如くいつぬるるとも覚えざれども自然に衣のうるおうが如くに、良人の言ばをいくたびも聞けば、自然にはずる心も起り実の道心も起るなり。」 と言っておられる。 一度この人と決めたら、辛いことがあっても、自分にとって嫌なことがあっても決して逃げずに終生その人に「親近」することで自分では気づかぬうちに多くのことを身につけることができる。 経営理念の確立 前後の見境もなく会社を始めてしまった経営者にとって最も大切なことは「我が社の存在意義はどこにあるか」という根元的な問いに答えることである。 また家業を継がれた経営者も改めて先代または創業者が理想として掲げた「経営理念」が何を目指していたかを十分に吟味し、我がものとして経営に当たらなければ、次の世代に橋渡しをすることはおろか、 「売り家と唐様で書く三代目」(江戸川柳) を地で行くことになりかねない。 その上で、社長たる自分は何をすべきか、幹部社員は何をすべきか、また新入社員は何をすべきかと積み重ねてゆかなければいつまで経っても正しい答えは得られない。 参考文献 岩波文庫:正法眼蔵随聞記 懐奘編 和辻哲郎校訂 1997年6月16日 第73刷 89ページ、121ページ |
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