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経理実践トレーニング 資金戦略編 vol.4 同族経営の理想と現実 2 今こそ変革の時節(とき) ここ数年商法が頻繁に改正されている。その目指すところは日本企業の国際競争力を増すためであるという掛け声の割には、グローバルスタンダードの名の下に海外の投資家が日本企業に投資するための基準を提供することに追われている様に思える。一方、国内の多くの企業とりわけ中小企業に目を向けると、会社制度そのものの機能を充分に活かせない状況に追い込まれている様に見える。 つまり同族経営だという根拠だけで、代表者の個人保証を当然のように要求する金融機関の「取引約定書」が「企業と代表者を一体とみなす無限責任制度」を作り出して、本来有限責任の下に行われるべき企業活動が著しく阻害されている。 注:参照 ●全銀協ホームページ http://www.zenginkyo.or.jp/news/12/news120418_1.html ●企業の資金調達の円滑化に関する協議会 http://www.enkt.org/yobo_index.html 過去50年にわたる戦後のインフレ経済と間接金融中心の過小資本経営のもたらしたこの悪弊を絶ち切るときが来ているのではないか。その為には、一方の当事者である中小企業の側も大きく変身することを迫られている。 同族経営の特質 多くの同族企業は、 @出資が社長一族に集中している ことから、当然のこととして A権限と責任が社長に集中している 従って B資金調達も社長の権限と能力(経済的な能力を含めて)の範囲で行おうとする その結果、社長の間違いを正す人がいないので独善に陥りやすい特質を持っている。 このような特質を持つ同族経営にとって最善の状態は、資本はすべて社長一族が出資し、借入金の保証は社長一族の所有する財産で充分賄えるか又は返済の心配がない程充分な利益を上げている実質無借金の状態で、社員が満足するだけの給料が支払われ、その事業が社会的に有益と認められている結果、常に利益の出る経営体質を維持している、という状態だろうか。 特に現在のような金融情勢では、資金調達の部分で無理をせず、実力に見合った経営規模を維持することで最良の状態を作り出すことができる。 ただし、同族企業の経営者がその最善の状態を維持し続けるために時には非情になることも要求される。 例えば多くの会社がそうであるように営業活動をしているのが社長一人で、 社長=仕事をとる人 社員=仕事をこなす人 となっているような会社(そのこと自体が大変な失策ではあるのだが)で、売上の確保が困難になったら、社員に給料を払えない状態になるのは目に見えている。そうなったときに究極の選択である「倒産を回避するための首切り」が考えられるが、そこでは社長の責任において、非情になって解雇を申し渡すことも是認せざるを得ない。 解雇された社員には失業保険制度による当面の生活の保証があるが、代表者が個人保証という形の無限責任を負っている中小企業の現在の状況では、倒産すれば社長の家屋敷が無くなるのはむろんのこと、清算しきれなかった借金の残高が社長の残りの人生を暗澹たるものにする。 情に駆られて社員を解雇できずに、会社を潰してしまえば、従業員は無論のこと社長本人だけでなく一族郎党を巻き込んで更に拡大された悲惨な状態を作り出してしまう。それよりは、同族経営の独善といわれようが、「非情な首切り」はまだマシな選択といえる。 中小企業にとってリストラという名の解雇は大企業以上に経営者に重くのしかかってくる人生の一大事なのだ。そこで非情になれなければ同族経営を続ける資格はない。 できることならそうなる前に自らが変身し、同族経営の殻をうち破って欲しい。 「私の会社」から「私達の会社」へ 「資本」と「経営」の分離の必要性についてお話したところ、「日本の中小企業にアメリカ流のプロ経営者が必要か?」という質問を受けた。 筆者の言いたかったのは、一人の人間が出資をする代わりに経営上のすべての権限と責任を持つという、今の日本の中小企業の状態を変革し、「私の会社」という意識と実体を、「私達の会社」といえる形態へ変質させることが重要だと申し上げているのだ。 「会社が潰れて困るのは誰か」がその会社を存続させられるか否かを決定し、存続の方向を決定する。今のままでは、同族経営の会社が潰れて一番困るのは社長とその一族である。それを、潰れたら困るのが「社員」「仕入先」「顧客」「出資者」と拡大してゆき、より多くの人が「潰れたら困る」と思う様にしなければ「私達の会社」になったとは言えない。 そうなって初めてみんなが「会社が潰れないように」あるいは「会社が儲かるように」と考える。 現状の同族経営から社長一族が「私の会社」という所有意識を捨て多くの人から出資をして貰うにはまず始めに「経営理念」を確立し、その上で社員に「私達の会社」と思える諸制度を提案することだ。 その制度の根幹は「原因」と「結果」が結びつくところからスタートする。それはその会社に関与するすべての人間にとって「会社の利益は私の利益」「会社の損失は私の損失」となる仕組みを作り上げることだ。前々回にご紹介した「NPO型経営」の基本となる考え方はここにある。 「良いときはみんなで分け合う」「悪いときもみんなが負担する」これができる体勢を作ることである。 それには、まず第一に資金調達面での資金戦略としての出資と負債(借入金や社債など)について社会情勢に合わせた新しい方策が必要である。 従来のように間接金融を中心に据えて考える限り @銀行から借金が出来る条件を整える 必要に迫られるし、 直接金融を中心とした資金戦略を考えるなら A銀行から借金をしない 方法を考える、の二者択一を迫られる。 銀行から借金をする限り、代表者の個人保証を避けて通ることは難しい。代表者一人が過大な責任を負わなければならない状態で、「みんなの会社」はできない。どうしても責任と権限のバランスが悪くなる。 そのバランスを取るためにも第二の道(借金をしない経営)を選択する必要がある。 賞与の配分基準・支給基準を明確に 借金をしない経営の道を選択したら、なんとしても利益の出る経営体質を作り、「儲けの中から給料を貰う」ことを社員に徹底することだ。 人件費を中心においた「原因」と「結果」の結びつく制度の一例を挙げよう。 大概の企業では人件費以外の固定経費は事業規模や経営形態でおおよそ決まってくる。そこで、「会社に来てさえいれば給料がもらえる」という概念を打破するために、まず始めに月次の給与は売上予測・売上の回収状況・固定経費の支払いなどを勘案し、月次の資金繰りを基礎に確実に払える金額で低めに設定する。その上で、賞与をたっぷり支払う形態に変革する。 また損益と資金は必ずしも一致しないので賞与の支給についても、「資金が足りなくなったら社員も責任をとる」体勢を作る。そのことをはっきりさせるためにも、賞与資金を銀行借り入れに依存する発想は捨てなければならない。 損益計算書上は利益が出ているのに、資金繰りが付かないのなら、たとえ支給金額を決定しても、自前で資金が準備できるまで賞与の支給を延期することも明確にしなければ、社員全員が「資金回収が終わるまでは仕事が終わっていない」いう共通認識を持つ様にはならない。 表−1 賞与支給基準の例
上に掲げたのはあくまでも一例に過ぎない。個々の企業で基準は異なってくるのは当然である。その基準作りこそが企業経営の活性化を生み出す。これからあなたの会社でも全社員参加でこの基準作りを始めて、その中から新しい時代に中小企業が生き抜く道を模索してほしい。 評価基準の変更提案はグループウェアなどを使い公開の場で行う。意見は全員からアンケートなどで聴取し決定は役員など責任者が行う。一度で完璧なものを作ることを期待せずに何度でも改訂する。 |
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